山伏について
山伏とは 
山は祖先の霊がいる神域と考えられていましたので、古代から山に入り修行をして
霊力を高めようとする人たちがいました。
その人たちは仏教や道教などの新しい宗教も積極的に取り入れ自分の力にしようとしました。
山で修行して里に下り祈祷などをする行者が修験者と呼ばれるようになりました。

山伏とは山野に伏して修行し験力を得た者の意で、修験者と概ね同義です

修験道 
修験道は多くの修験者たちが日本古来の宗教や大陸伝来の宗教などを取り入れ
独自に宗教体系を形成していったものです。
したがって整然とした教義が無く、実践的儀礼を重んじる宗教として始まりました


神仏習合 
日本の原始宗教は自然界の様々なことに神を感じ、それを畏れ敬い崇めるものでした。
仏教が伝来されても多神教であるという共通点などもあり、徐々に融合していきました。
平安時代には本地垂迹説が生まれ、日本の神様は仏教の仏様が仮の姿で現れたものであるとされ、
神様と仏様は同化されました。


役小角(役行者・神変大菩薩) 
修験道の開祖と言われています。
続日本紀に”弟子の讒言により伊豆島に流された”と記述があり、実在の人物なのですが
その生涯は、伝説として多く語られています。


修験道廃止令 
明治政府は天皇親政および祭政一致を理想として、神仏習合を打破しようとしました。
神道を国教化し、神社から仏像や仏具を取り除くなど、
神仏判然に関する法律を相次いで12件も発布して神仏分離を断行しました。
明治5年9月15日、太政官は修験道廃止令を出し、
修験者は還俗、神職、天台、真言のいずれかになるように命じました。
これにより当時17万ともいわれた修験者のほとんどは姿を消しました。
昭和になり信仰の自由が認められましたが時間も経過しており、再び修験として独立したものは僅かでした。




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